

論文委員を担当していて論文審査のプロセスで困惑することがあります。それは、査読するべき論文に書かれている研究内容が近接していない複数の領域にまたがっていて、一つの領域からだけ見ると、その存在意義が認められないのではないかと危惧される場合です。
例えて言うならば、先端にブラシやスポンジが付いている市販の洗車用ホース。水で汚れを落としやすくし、ブラシで汚れを落とし、水で洗い流すという複合的な作業が片手だけで同時にできてしまう優れものです。ホースとブラシは元来別々にこの世に登場し、それぞれに歴史がありますが、これを合体した時に今までに無かった使い方ができるようになり、新しい存在意義が生まれたと考えることが出来るでしょう。これは、ホース自体の素材の品質改良がなされて経年変化によるひび割れが起きにくくなったというような、ホースそのものに関する技術的新規性が達成されたのとは別の意味を持ちます。
これを芸術科学会の論文審査の状況に置き換えると、ホースの専門家から見て、技術的に新規性が無いから不採録にする、という判断はあまりに短絡的であり、ブラシと組み合わせたことによって新しい存在意義を生み出した点に新規性が認められるかどうかを検討するべきでしょうし、実際に使ってみると便利であるという点での有用性も評価されるべきでしょう。つまり、特定分野からの視点だけで判断すると意義が無くても、複数分野を俯瞰する視点から判断すれば意義が認められることは十分考えられます。
実際、芸術科学会は「芸術」と「科学」という2つのキーワードを掲げていますので、論文委員会でも複数の分野にまたがった学際色の濃い論文を審査することも少なくなく、そのような場合、審査のために査読者側にも新たな勉強が必要となることもあります。それは査読者を担当する人にとって苦痛となることもありますが、論文投稿者が執筆に払った努力を考えれば、相応しい見返りをすべきだと納得すべきでしょう。
芸術の分野では、表現技術は昔ながらのやり方であっても、作品が表現しているテーマが新しかったり、表現として現れた作品の様相が斬新なものであるがゆえの新規性があったりするならば、芸術学的な知的財産として意義が認められるでしょう。
人が生きている証として様々な表現をして日常を暮らしていることは、上記の学術的な知的財産としての存在意義とは異なるけれど、異なるから意義が無いのではなく、個人のアイデンティティやお互いを認め合う社会性につながる大変大事なことで、また、そういった日々の生活の延長上に、学術的な意味でも重要な発想が生まれて来ます。それは、実は世の中を変えてしまうような根本的な考え方を提示することになるかもしれない。
もしそのような発想が生まれ、そのような発想の元に作品を制作したり、技術開発をしたりしたならば、論文という文書形式の知的財産として芸術科学会にご提示いただくのは有意義なことです。芸術科学会のオンライン論文誌は年々参照される回数が増えてきています。論文執筆という行為は、着実に私たちの世界の文化レベル、知的レベルを押し上げることにどこかでつながっています。大変地味なやり方ではありますが、このような方法も世の中を知的に豊かにすることにつながるのです。そうやって社会に貢献するのも素晴らしいことだと思いませんか?

春口 巌
編集理事


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Last updated: 2008/3/31