芸術科学とは

2000 年 10 月 20 日 永江 孝規

学会設立までの経緯と現状

本学会は,現在学会誌の発行を担当している高田先生が, 尚美学園大学という新設大学に事務局を置いて, デジタルアート系の新しい学会を立ち上げようという構想を大学側に提案したことに始まります. これがだいたい 1998 年 9 月ころのことです. また,高田先生は,当初から,書店売りする学会誌を編集出版してみたいものだ, ゆくゆくは独立した出版社を経営したいものだ,という野望を抱いておりました. しかしながらこの提案は大学側に却下されてしまいました. そこでいったんこの話は立ち消えになりましたが,なかなか捨ててしまうには惜しい話なので, 大学が協力してくれないのならば, 学外に独力で学会を立ち上げてやろう,という話になりました. これがだいたい 1999 年 5 月ころのことです. このときに,エンジニアリングやテクノロジーはもちろんのこと,アートや社会科学, アニメーションや SF などのサブカルチャーも包含する, 高く志をかかげた(※ or 「大上段に振りかぶった」 by 高田先生)良い学会名はないかということで, 芸術科学会という名前を考案しました.

最初の頃は学会規約,学会誌の構成などはすべて高田先生が原案を作成しておりました. 私のかつての指導教官である東京工業大学の中嶋先生と, 尚美学園大学情報表現学科の学科長予定者で当時は日大の戸川先生は,いずれも CG 界の重鎮ですので, 高田先生と私で,中嶋先生と戸川先生のところへご相談に行き, 学会の趣旨と学会誌について高田先生に説明していただき, 学会設立に向けての最初の打ち合わせを行なったのが,1999 年の 7 月です.

このころから,ほぼ二ヶ月に一回の割合で定期的に設立準備委員会を開き, またメイリングリストを開設して,学会を立ち上げるための準備と作業を行なってきました.

設立趣意書は 2000 年 1 月に高田先生が作成しました.このころまでは, 中嶋先生,戸川先生の関係者に一人一人声をかけるような形で同志を募ってきましたが, 副会長予定者の ATR の土佐先生に加わっていただき, それまではどうしても技術系に偏りがちだったのですが, 次第に幅広い分野の方々に参加していただくことができるようになりました.

中嶋先生を中心としてこれまで続いてきた NICOGRAPH については, かなり前から芸術科学会が引き継ぐかもしれない,という話はありましたが, 2000 年度の NICOGRAPH からは正式かつ完全に MMCA から芸術科学会に主催が移り, 東京工芸大の宮田先生が実行委員長を担当されました.

土佐先生は,どちらかといえば技術系論文の発表会である NICOGRAPH とは別に, アートや制作物の展示を主体とする,春の展覧会の開催を担当していただくことになりました.

高田先生は,出版社との交渉や学会誌編集のために次第に多忙になってきたために, 私が代わりに立ち上げ幹事のような役割をやることになりました.定款や会則,銀行口座, 入会案内,事務局,インターネットのドメイン取得,サーバ立ち上げ,メイリングリストの管理, 議事録の管理,などをやってきました.

日本工学院の熊谷先生は,発起人名簿,および会員名簿の管理, 事務局での入会手続きや会費の払い込みシステムの構築を担当していただきました.

その他さまざまな方々に貴重なご助言とご協力をいただきましたが,大まかにみますと, 本学会の出発時点の特徴といいますのは,中嶋先生,土佐先生, 高田先生の三名の方の個性によって支えられている,ということができると思います. また,とりもなおさず現在の本学会の三つの柱を象徴しているということができます.

中嶋先生は NICOGRAPH や CG 検定など,CG や画像工学の分野で活躍して来られた方で, その方面の広い人脈を持っておられます.

土佐先生はこれまで,主に関西方面で, インタラクティブアートを中心とした展覧会やアートショーで活躍をしてこられ, アートとテクノロジーの両分野にまたがる幅広い人脈を持っておられます.

高田先生は文系と理系の両方を専攻してこられており,心理学をはじめとする社会科学, 情報通信工学などに通じておられる上に,出版業界との非常に強いつながりをもっておられます.

私たちはこれらの相互に関連する三つの分野を出発点として,芸術科学会をより発展させて いくことができるであろうと思います.

芸術科学の「形而上学」

「芸術科学」とははっきり言いまして,新造語であり,未定義語でもあります. 現在はほとんどなんのニュアンスも含んでいません.「芸術」「科学」 それぞれがもともと広汎な意味をもっている上に, それらを合わせるとますます意味するところは漠然としてくるかと思います.

「芸術と科学の学際領域」「芸術を科学する」「科学を芸術する」などの解釈もできます. しかしながらこれだという明確なイメージのない言葉であります. ほとんどまったく使い古されていない言葉であり, これから私たちが好きなように語感を決めていって良いことばです. そういう意味では「芸術」と「科学」を合わせた「芸術科学」とは,古くて新しい言葉です.

まず名前を先に決めておき,そのイメージを膨らませながら, 中身を作っていくという人はたくさんいると思われます.

「芸術科学」とは「芸術」と「科学」の学際領域のことだ,とお考えの方も多いと思いますし, 私もそう考えて来たのですが,実際には少し違うように思います. 本当は,文芸復興や技術革新などをきっかけとして, 「芸術科学」という,過渡的で未分化な,混沌とした状態が生まれまして, それが時代を経るに従って,芸術や科学や工学などに分化して安定していくのではないか, と思うのです. いきなりそんな大それたことを考えたのではなくて,さまざまな歴史的実例があります.

たとえば最も象徴的な例としてはレオナルド・ダ・ビンチを挙げることができます. 彼は西洋のルネサンスの初期に現れて,芸術と科学の両方をうまくできた人です.

※私は今ではすでにルネサンス期においても芸術と科学は相当隔たっていて、 レオナルド・ダ・ビンチは実際には多くの画家の一人にすぎず、 彼は19世紀末のヨーロッパで祭り上げられた偶像であると考えています。

しかしもっと最近にも同じような例を挙げることができます. 歴史のおもしろいところは,大昔の特別な話だと思っていたのに, 現代にそれと類似のものを発見するときです. それは,MIT に TX-0 というコンピュータがありまして, これは最も初期のパーソナルグラフィックワークステーションと言えるもの, つまり今の言葉で言えばパソコンですが, これから DEC の PDP-1 などが生まれてきました. TX-0 は最初リンカーン研究所にあり,その後人工知能研究所に移設されましたが, このコンピュータの最も初期の頃を良く調べてみますと, 芸術と科学が混沌とした状態,つまり芸術科学が存在していたことがわかります.

一人の典型的な人物が,マービン・ミンスキーであり,もう一人がアイバン・サザランドです. もう一人,あまり名前は知られてませんが,ロバーツという, コンピュータビジョンというか画像処理を創始した人も居ますが,この人も TX-0 を使ってます.

※TX-0 は Tixo という愛称でも知られています. www.tixo.org, または The origin of Spacewar 参照.

ミンスキーは言うまでもなく,Computer Science という用語を生み, Artificial Intelligence という言葉を生んだ人です. MIT AI 研がのちに情報科学やロボティクス, ビデオゲームなどの多くの分野を生み出したのは周知の事実です.

※上の文章はかなり不正確です.Computer Science という用語を作ったのは, George Forsythe という数値解析をやる人で, 最初に Computer Science 学科を置いたのは Purdue University であると,Jeffrey Shallit による A Very Brief History of Computer Science に書かれています. Artificial Intelligence という用語は 1955 年 8 月 31 日付けの,John McCarthy, Marvin Minsky, N. Rochester, C.E. Shannon 連名の A proposal for the Dartmouth summer research project on artificial intelligence が初出のようです. 1956 年の Dartmouth 会議については, The History of Artificial Intelligence 参照. McCarthy についてはここ, また,Minsky については これ これなど. McCarthy が主に LISP でチェスなどをやったのに対して, Minsky は LOGO やロボティクスをやっていたようです.

サザランドは Computer Art とも言える,Computer Graphics を生み出した人です. また,他にも GUI, 3D モデリング,HMD や仮想現実感などの研究もやりました.

※サザランドは TX-0,及びその後継機の TX-2 上で,彼の博士論文ともなった Sketchpad を作りました. TX-0 は,その祖先の Whirlwind 同様に (今日の,つまり Xerox Alto の後裔としてのウィンドウシステムとは若干違いますが), ベクタスキャンのディスプレイとライトペンを持っており, GUI を構築することが可能だったのです.

こうしてみると,明らかに,コンピュータが世の中にほとんどなかった時代には, Computer Science と Computer Art が渾然一体となった, いわば The Art and Science of Computing という状態があったことがわかります. このとき,人々は Computing というものに熱狂していたのだと思います. そのときの熱狂の一部が,今日ハッカーの文化として伝承されています.

このように考察してみますと, 「芸術科学」というのはむりやり木に竹を接いだような学際領域なのではなく, 一つの実体である,と私が言っても,それは「イデア論」にすぎない, とは言い切れないでしょう. 一つの実体であるとすれば,それを二つの言葉の合成語として表現するのは具合が悪いのですが, うまい言葉が見つかりません. 文芸復興や技術革新というものは,いつの時代にも頻発しているもので, たとえば「アールヌーボー」や「アールデコ」などと呼ばれる時代も, これは何かの技術革新をきっかけにした文芸復興の一種と言えないでしょうか. 過去を顧みなくても,このような「文芸復興」は現在でも起きていることであり, また将来も起きるでしょう. 今日の流行語で言えば,それは The Art and Science of Information Technology, といえるかもしれません. Information Technology と Computing の違うところは,前者が大衆化したものであり, 後者は一部の研究者や技術者に限られたことでしょう.

The Art and Science of ... の of ... の部分は時代とともに移り変わるのですが, The Art and Science の部分は時代に普遍な何かの実体のように思います. それは将来の多様性をはらんだ胚のようなものだと言えます. 成熟し,タコツボのように細分化された諸領域を探求する学会が一方にあるのは承知していますが, しかし,未分化でかつさまざまな人種が交流できる流動的な場, このようなものを追い求めていくのが,本学会の目的であろうかと思います.


※は追記.